一刀流外物之事目録

 この目録は九箇条の教えから構成されている。一箇条から八箇条までは生活のなかでの注意すべき事。九箇条は小太刀または脇差による護身術のようなもので、広い意味での小具足腰廻(柔術)に分類されよう。

一刀流外物之事目録

 一、万物味方心得之事
万物を皆味方となし、是も非も共に是となす教えである。地物の利用、人事の活用、天候の順用、時勢の通用など百般の事を利用原生して味方につけると必ず勝って目的を果たすことができる。これは明智悟達の人にして始めてよくなし得るところである。迷うと是も非も共に非になり、妄すると万物みな妨げとなり我を害する。迷妨の者が常に敗れ、未熟の者が勝敗つねになく、悟達の人が常に勝って進むもその差違は、万物を味方とする心得の程度如何によって決まる。小にしては傍らにある火箸でも床飾りでも座布団でも大にしては山でも山林でも川でも海でも、また天地の理、人生の道はみな我と共に同じ一に帰するものである道理をわきまえ速やかに我が目につけ、心につけ味方につけて用を足すのがこの教えである。

 二、人事之事
土地に傾斜があり、足場に高低があったら低い方にいて、相手を坂の上に置き、はすかいに切るのに利が多い。すべて上から来る者は見やすく、下から来る者は見にくい。上から来る剣は下がって下太刀となり、下から来る剣は上太刀となる。よって下にいては上太刀を使って勝が多い。しかし下にあっても相手の真下におるのは危剣である。その下る勢いを避け、少し筋違いにはすかいに車に切り回し、坂下に追廻し、動いた途端に切るのに利がある。全て正面衝突は労が多くて効が少なく、また敗れることも多い。これを斜めにそらすと相手は強く来れば来るほどその力と勢いで自ら敗れ去る者がある。これは人車の教えである。

 三、戸出戸入之事
吾は戸の内にあり、相手が戸の外にある時には、相手が戸の出口に心を付けているのものであるから、内から外を窺い、物を投げなどして相手を動揺させ、その隙に乗じ走り出て、わが右を切り左を突いて出るのが心得である。広場に出ると後はつねの勝負となる。
吾は戸の外にあり、相手が戸の内にある時には戸に物を投げ、または長物にて戸を叩きこわし、相手の躍り出て来るところを突くのである。相手が出てこなかったら、戸に物を投げる。笄を下緒にくくって投げるのもよい。または刀の鞘をぬき一寸ほど残し、さぐって入る。もし人が触れたら本覚に取って詰めかけ、右を切り左を突いて入るの心得がある。ふだんでも戸や門はうかと通らず見通しをつけて行くがよい。

 四、笄枕之事
野宿その他いつどこから襲われるか油断がならない時には、夜寝る時、枕するものの下に笄を挟みその一端に細い紐などを結び地上におく。なお心もとない時は、笄を下につき立て両拳を重ねて笄を握り額をその上に置いて目を休める。深く眠ると拳が縮み笄が額に当って醒めるようにするのである。笄枕の本意は大事の夜には眠らない事である。襲いくる睡魔に勝つには法がある。

 五、芝枕之事
野宿または旅籠等にて用心を必要とする時は、紐を幾本も用意して、その先に小石や木の枝などを結びつけて、四方八方に投げ、その元を枕に結び付けておく。人でも獣でも触るとすぐ紐が動いて枕に響き、闇夜でも醒めてすぐ応じ得るようにしておく。芝枕はこれらの心遣いのことであり、臨機応変の心得である。

 六、寝心得之事
部屋に入ったら先ずその耕造をよく見定め、広い部屋なら真中に寝ね、狭い部屋なら押入れ壁など防禦の利ある方に頭を近くして、障子襖など開き易い方に頭遠くして寝る。また入口の戸は外して立てておくが、戸の端に糸を結んで枕にくくりつけ、人が忍び入るとすぐ醒めるようにしかけておく。寝る時は太刀を左に脇差を右に夜着の袖をかけておく。また大小の緒を取り違いにしたその上に枕するのもよい。怪しい者が来るのを知り、その者がとおくにおると伏し、または低く様子を窺い、近くに来たら直ちに刀を取り壁や柱を後ろの小楯にとり、自らは暗い方に立ち相手の意表に出ずべきである。寝心得の上極意は寝ないことである。

 七、蚊屋之事
蚊屋は釣手を用心し、容易に切れないように見立てる。こよりなどにて蚊屋の裾を枕に結び、蚊屋に触れる者があるとすぐに醒めるようにしておく。また枕を蚊屋の裾にくるみ巻いて寝、変あって枕を取って揚げると体が外に出るようにしておく。また柔らかいこよりの仮たちをつけておき、敵が一方のたちを切ったら予て鉛を入れた枕を取って敵に投げると敵は蚊屋にくるまれることになる。蚊屋の裾は内にはじかれず、外にはじきおく。これは外から入りにくく、中から出よいようにしておくためである。蚊屋は寝て蚊を防ぐだけのものであるから、変があって起きて立ち働く場合には外に出た方がよいのである。

 八、戸固之事
戸はわれの出で相手の入る口であるから固めるには法がある。相手を戸口で制し、一歩も入らせず、また近付けぬように戸の内外に備へをなし、相手を恐れさすことが勘用である。吾が戸を開くには戸と共に身を寄せ、決して戸を開くと同時に体を出してはならない。
また相手が戸から襲って来たら、我が体を低くして相手の足を払うべきである。戸口の働き、小枝で機敏に鋭くおこなうべきである。旅行には錘釘などを持って、この宿が覚束ないと思ったら、これを以て戸を固め、また戸の内外に躓つき仆れるように仕掛ける法がある。いずれにしても我が部屋の戸は我が許しなくして開けさせぬのが戸固めの法である。

 九、詰座刀抜事
多勢の人込み詰座の時に急変に会い、刀を抜き切るには、先ずその敵に我が身を以て押しかけながら左手を用い柄頭にて相手の顔を突き、跡へすさりながら抜刀し、二躬にて勝つのである。

敵にひしと向い会う時に、敵が切ろうとしたら、我が右手の人差指と中指とをひろげ敵の両目に突き込む。敵反った時にわれは右の膝を立て脇差を抜き、引き切りにする。この時敵は我が右手首を左手にて取るなら、吾は左手にて敵の左手首を下より取り下へ直きに柴を折るように引き折ると、我が手を掴んだ敵の手が離れる。そこを切って勝つ。

敵と対座し、敵は我が両の手をひしと掴むと、吾は両の手を中にすぼめる心にて手を拝むように合せ、敵の顔へ突きかかる。敵が反ったところへ抜刀して勝つ。

敵が我が右手を抑えたら、向うへ殊の外強く押し、敵が張り合う時、吾は腰を捻り刀を引き抜き切先を向うへ反し、左手にて刀の宗を抑え、敵を押し切りまた引き切り、さらにまた突く。五本の梭(木の名称)のように往来し突いて柵の格にて勝つ。

敵が我が刀の柄に両手をかけて留める時には吾は我が左手を敵の右手と左手との間を通り、敵の左手を抑え、また我が右手にて敵の右手を抑え、我が手の間を左向きに潜ると敵の手が捻れ、敵が朽木倒しに転ぶ、そこを抜いて勝つ。

左右とも

我が寝ている時に前より来て、我が肩と胴を両手にて抑えると我が寝敷いた方の手にて敵の抑えた手首を取り我が身をよほど持ち上げ、抑えた敵の手の下を向うへ潜るように抜け出、起き上がり抜刀して勝つ。

我が寝ている後ろから敵が我が肩と胴を抑えたら、我が手が働くから刀脇差を自由に抜きながら寝返りして敵を突き起き上がって二躬にて勝つ。

吾うつ伏せに寝た時に敵が我が左手首と肱とを両手にて抑えたら、吾は身を縮め、右手を杖について、抑えた敵へ寄りかかり向うへ沖(起)返りすると、敵の頭を蹴る。起き上がり抜刀して勝つ。

吾下に仰向けにいて、敵上から脇差抜いて打ちかかるなら、吾は敵の手首を取り向うへ押すようにし、急に手前に引き、敵の切先をそらし起き上がり抜刀して勝つ。

吾仰向けに寝ている時に、敵がわが上に乗り脇差を咽喉笛に押し当てたら、吾は敵の脇差を持つ手の甲と柄とを左手の拇指で押え、敵の手首を向うへひしと折り曲げる拍子に我が右手を脇差の宗へ手の平にて押し当て向うへ強く押しながら起き上がると、敵は刃返しに切られる。吾は起き上がり、その刀をもぎ取り、切て勝つ。

吾立っている時に、敵が後方からひしと抱きついたら、吾は少し腰を下へ縮め引きにするようにし、脇差の柄を逆手に持ち抱いた敵の手を切って抜く。敵は放れてまた切りかかるから、吾は右廻り、脇差を切先下りに受け流し突き返して勝つ。

我が背後に座し我が頭上に切りかかる時、左廻りに敵に対して受け流し、右斜め上から敵の籠手を切り、右前を切り、胸を突いて勝つ。

吾も敵も脇差を帯して対する。敵が我が右手首に切りかけたら、吾は抜いて右に撥くと、敵は我が頭上に切りに来るから摺り上げ、敵の右首を切り胸を突いて勝つ。

吾右身におるに敵が我が顔を突くから、右斜めに撥ね上げ敵の後ろ首を切る。敵が我が胸を突くから、吾はこれを打ち落とし、敵の右後ろ脇を突いて勝つ。

吾左身におるに敵が我が頭上に切りかかるから、これを右斜めに撥き、敵の両目を切る。敵が我が胸に切りかけるから、それを右斜めに払い、敵の胸を切り右後ろ脇を突いて勝つ。