武家に伝わった忍術伝『水鏡』

 忍びの術は江戸時代には武家にも伝わった。武家に伝わる場合は「兵法」の一分野という考え方であった。いくつか見たが内容は大同小異であった。

  序
夫武士の技芸は多端たりといえども、柔剛強弱の四つの外を出ず。これを知らざる者多くこの理を学び得る者は少なし。されば水の低きにくつがごとく、大剛の名ある人というも緩みを討つに討たずということなし。よろずのわざは気の緩みより出ずることを知るべし。その緩みというは、なづみて片寄るところに有り。これみな意のためにその本を失うが故なり。品あはれども手立てということあれば、敵に謀られんことを知らしめんとして、人を謀る品々を記しあつめて後習う者の助けとするものならん。

一、夜中心もとなく思う道を行くときは、人に当りて能きほどの石を袖に入れて持つべし。これに気づかいに思うところへ右の石を打ちて見るに必ずその躰をあらわずものなり。

一、案内を知らざる川を越え申すときは川上へ筋違いに越えるものなり。川の瀬の上と下とは敵あると心得て越すべきなり。口伝

一、雨天かきくもり行先も見えざるとき、あしもとに白きもの其外何によらず眼にかかるもの有といふともひろうべからず心得なくこれをひらわば目しるしになりてきらるる事多し。是は刀を抜鞘にてはね返し取べし。口傳。

一、やまだち(山賊)にあい申時は、先我心を能おさめて臆する事なく足早にとおる。さて其二三里が間は前後左右より来る人にかならず心ゆるすべからず。まず、定りたる山たちといふは中間(仲間)六人のもの也。一人は出てのこる五人は能処に草に臥之。又無心元(心もと無き)道はたに病人有てくるしげなるそうにて、薬なと冶りするものあらば心得近つくべからす。又はくちう(白昼)にもしらさる者道つれ、無心元□。口傳。(「道づれ、いぶかし。口傳」)

一、夜中人などあやめて(殺めて)のかん(退かん)と思ふ時、東西南北をも不見明(見明きられず)いかがせんと思ふときは、流れを尋出し、そのみなかみ(水上)へのほれば、かならず山有もの也。扨山中へ入ては高みよりひきみ(低い場所)の見  ゆる処に居てたいまつなど持て尋来る人の躰にて道路を知べし。兎角深く思案有べき処なり。扨追手透間なく来り。のがれかたく思ふ時は、刀の小尻を少切、いきの出るほど穴をあけ、こいくち(鯉口)を口にくわえて水底にもぐり身をかくし、刀脇差にても小太刀にても水底にさし込、これを力に取付いる(居る)也。きのつきように習有。口傳。手なと負たる時は、流の中を行たるが能之。是はのり(血糊)をとめられぬ用心なり。又雪降たるときははきものを跡先(後先)にはき杖を左  かけつれ、流の内に入て行べし。足跡をとめられんため也。(「とかく先をしられんためなり。口伝。鞘の鯉口に手拭を巻きて、よくくくりて咬えるなり。息のつき様は、ずいぶん小息につくことなり」とつづく)

一、旅にて気つかい来宿と思ふ所にては、其家のうらへ出て要害を能見置べし。是は火事夜盗なとの入たる時のため也。扨家の内にては、床・縁・天上・畳の落入てやわらかなる所に、心をつけ畳をあげて是を見置くべし。寝所に入ては燈の有内に大  小・荷物を勝手の悪敷所に置、火消て後勝手の能方へ取なおし、枕はいかにもしにくき枕をすべし。又邯鄲の枕とて、其座  敷の内へ虫の入ても目のさむる事もあり。また蚊帳をつりたる時は、大小置ように習有。口傳。さて戸尻にきりもみをしるがよし。きりの拵やう如斯。戸・障子を能かためたる所へしのび入にもよし。火事のときやねなどへ上るもよし。

一、ちやうちん(提灯)を持する事、我より先へいきたるは悪し。我左の方、大小より貮尺ばかりあとにもたせたるがよし。此時は前後左右ともに能見ゆる也。

一、左の手を懐に入て打物をかさね、なるほどぬかりたる躰にもてなし来る者あらば夜昼ともに心をゆるすべからず。夜は黒き反古を鞘のやうに袋にこしらへ、しら刃を包、かたよりすぐにうつ事有もの也。昼はおるかね(折金)を我かみわげにかけ  て右の手計にて抜打に、左の手を懐中しなから討事あり。扨その所はや四五町も行過のへば、かならず心ゆるみ前後左右より来る人を我かとうと(我方人、味方)のやうも思い、互に物語なとしかけ心を許すものなり。そのとき彼もの時分を窺反古にて包たる刀にて打にはつるゝ事なし。

一、我家の内へ忍ひ入たるものを知てとがめ申には、我名をよぶべし。口伝。

一、我屋敷の内へ大勢夜盗来る時は先内に火をともす事、大きに悪し。ひとすくなくしてふせがんと思ふ時は時どきささやき声などしきかせ、きらんと思はば、夜盗ここより忍入べきと思ふ口にほそひき(紐)を高さ四五寸計に張、てごろなるものを  楯にもち、打物をしや(斜)に取て払切にすべし。又内に火をともしたる時は、外の闇き所より内を見なに能見へて悪し。故に忍といふは火を持る第一之。口傳。

一、忍び来る時は不志しても必我心に覚有物也。其時心得てきづかいすべし。其時忍び人心得て、ちくるい(畜類)の来るやうにする事あり。時にちくるいと思ふべからず。忍びといふは色々手立有といえり。又遠所にかすかになどする事あらば必近  所に人有と知べし。近所にてするせきを遠きにてするやうにきこゆる習あり。彼者しのび入時は近所に堀川池のあれば、其ふちに能ほどの石を置て内に入物なり。是は、出き合追出る時、右の石を彼水の中に打込にくべき(逃くべき)たくみ之。是らの事心得て気をとらる事なかれ。口傳。
 
付記
  (咳気の仕様は、竹を節一つこめて、よきほどの笛にして、その中へ咳をすべし。それにて遠所にする咳の様に聞ゆるなり。)

一、しのび人内に入たるをやさがしするには、刀を抜□切先を二三寸なほど鞘の内に残し、下段をのべて其先を我帯に付、左の手に能物をたてにもち身をかこいさがすべし。又弓にて尋る事もあり。早矢を取るままに引込能かつてに納て矢を押手(左  手、弓手)の人さしゆびにけらくびをはさみ、其矢尻にてさがすべし。されども弓にては□かしこにつかえ思ふやうに尋る事難成。其時忍は家をたづぬとおもへば能心を納、いろりの中に入れて敵の□るみを窺見てはづす事有べし。扨いろりの中に身をかくす事起合候ものども常々み置たるゆへに、彼いろりを皆人除て通物之。是を心得なく火などともしに近より、きらるゝ事有べし。

一、追出候時は、諸事に心つくる事肝要なり。彼者大事に思ひて忍び入時は入口に高さ四五寸計にほそびきを張申すか、のうれんの有は上より下えすだれのごとく切さき、下四五寸はうわ残し置申か、また縄すだれなれば左右□はづれを取てむすび置事も有。